パンと日用品の店 わざわざ

開業コロナ禍、給料5万円。全部捨てたら動き出したボタニカルシロップ「草譯」

2022.06.21

「バーの街」と評判の高い長野・松本。この地でジン専門のバー「KINO」を立ち上げた野村仁嗣さんは、2022年1月、悩みを深めていました。

KINOを開業したわずか1年後には、コロナというパンデミックが世界を襲いました。休業を余儀なくされ、お店を開けてもお酒の提供が厳しい状況にある中で、野村さんはノンアルコールドリンクの開発に明け暮れたそうです。そして、完成したのがボタニカルシロップ「草譯(くさわけ)」でした。

KINOというお店を運営しながら、草譯という自身の経験を元にしたオリジナル商品を完成させた野村さん。ネットショップを製作し販売し始めてみたものの、売れた数はほんの少しだったそうです。「草譯の味と香りには自信はあるけれども、世の中に出した時においしいと言ってもらえるものなのか?は全く想像がつかなかったんです。」と野村さんは言います。

時を同じくして、ある商業施設からジン専門バーを出しませんか?と誘いがきたのです。お店・オリジナル商品・新規出店という3つの選択肢が目の前に現れて決断をできずにいた野村さんは、中川政七商店の中川さんが松本へ視察に訪れた縁を経て中川さんへ経営の相談をすることになりました。そして、今までおろそかにしていた数字をまとめていくと、現時点での自分の収入が手取りで5万円という現実を初めて知ったのです。

野村さんは大きなショックを受けました。そもそも事業を継続できる状況なのか?会社員人生には絶対に戻りたくない。野村さんはここで決断を迫られることになったのです。

N.PARK PROJECT NAGANO(以下:N.P.P)では、個人事業主の経営サポートとしてコンサルティングを行なっています。野村さんはお店・オリジナル商品・新規出店をどうするか決断した上でN.P.Pのサポートを受け始め、行動を積み重ねていった結果、2022年2月から草譯の売上が大きく跳ね上がりだしたのです。

野村さんは何をどう決断したのか、何が要因となって草譯が注目を集めはじめたのか。そこにN.P.Pはどう関わっていたのか、野村さんにお話を伺いました。

野村仁嗣さん

<野村仁嗣さん>
和歌山県出身。バーテンダーを志し、5年後には独立して開業すると決め2014年に長野県松本市に移住。イベント出店や店舗の間借りで修行を重ね、2019年にKINOを開業した。現在はボタニカルシロップ「草譯(くさわけ)」の製造販売を行なっている。

<藤原隆充>
藤原印刷株式会社 専務取締役。N.PARK PROJECT NAGANOの運営サポートとして各セミナーの講師やファシリテーターを務めるほか、野村さんのコンサルティングを担当している。

<平田はる香>
株式会社わざわざ 代表取締役。中川政七商店が奈良で実施しているN.PARK PROJECTのセミナーに登壇したのをきっかけに、中川政七商店と事業提携をし、現在長野でN.PARK PROJECT NAGANOを運営している。

 

KINOの開業とコロナ禍、ノンアルコールドリンクの可能性

2019年7月に松本で開業したKINOは、ジン専門のバーです。修行時代を過ごした松本での出店を決めた理由のひとつは「ジンで勝負したかったから」とのこと。松本はバーが多い街として知られており、ここなら尖ったお酒だけを取り扱ってもやっていけるのではという思いがあったそうです。

KINO開業前の修行時代は、イベントの多い松本の街の中での出店に力を入れていましたが、KINOを開業するときはスタイルを刷新。自分ひとりで営業していくことを考え、もともと自分が好きだった閉ざした空間でジンを楽しめるようなお店作りを意識してのことだったそうです。

平田「で、閉じていたら、お店も何もかも閉じちゃったんですよね?」
野村「自分の店だけ閉じたつもりが、社会も閉じていってしまいましたね…。」

2020年3月、世の中に新型コロナウイルスによる不安が広がっていきます。野村さんもまた、心配事が尽きませんでした。万が一自分のお店が原因で拡大させてはいけないし、家族のことも大事。3月末からしばらくKINOを休業すると決めました。以降、状況を見ながら開店したり休業したりを繰り返していきます。

ノンアルコールのドリンクをやってみよう。そう思ったのは2021年に入ってからでした。その頃になると世の中のテイクアウト需要といった巣ごもりニーズも落ち着き始めていて、だからこそ今、本腰を入れてみようかなと思い立った野村さん。最初は柑橘のフレッシュジュースを作るつもりだったそうです。

フレッシュジュースを思いついたのは、KINOでは野村さんの故郷である和歌山のつながりを活かしており、柑橘は材料としてよく取り入れていたからです。ただ、時期がちょうど柑橘の旬が終わった後でした。その代わりに旬に入り始めていたのが「新生姜」。お父様のご出身が高知県であるというつながりから、高知県産の生姜を手掛かりとして試しに相性のいいカルダモンを合わせてみたところ、だんだんと草譯の形が見えてきたと言います。

草譯が完成したら、ボトルに詰めて販売することを見据えていたという野村さん。実はKINO開業前から藤原さんとはすでにご縁があったので、ラベルをどうするかを藤原さんに相談し、藤原さんの会社「藤原印刷」でラベルを印刷してもらって草譯を仕上げました。

<草譯>
草譯(くさわけ)という名前は様々な草根木皮(ハーブ・スパイス)をすべて植物=草と捉え、その譯(わけ)を汲み取り香りを整えることに由来。原材料は、カルダモン・バニラ・生姜・コリアンダーシード・レモンと、糖分としてグラニュー糖が加えられているのみ。ジンから着想を得た仕上がりで、蒸留酒のような香りと味わいを纏っているノンアルコールのボタニカルシロップ。

こうして完成した草譯ですが、最近まで草譯の持つおいしさや、草譯を作れたことに対する満足度については半信半疑だったと言います。

野村「自分ではおいしいと思っていたけれど、考えが偏っていることは分かっていて。だから世の中に出したときにどういう反応になるのかが分からなかったです。」

「給料5万円」という現実を突きつけられて

2021年の秋以降は草譯をECサイトや卸販売をしつつ、時流に合わせてKINOを営業する日々を続けていました。ただ、草譯の効果的な売り方がわからず、KINOを開店しても大きな売上につながる訳でもなく、野村さんはじりじりと苦しい状況に追い込まれていきます。

藤原「この頃が一番(気持ちが)落ちていたんじゃないかな。」
野村「そうですね、相当落ちてました…。」

藤原隆充さん

そんな中、2021年12月頃に舞い込んできたのが、とある商業施設への出店オファーと、中川さんとの出会いです。野村さんが中川さんに経営の相談をすることになったきっかけは、中川さんが長野にいらした際、松本に行くという中川さんに藤原さんがおすすめのお店のリストを渡していたことでした。中川さんはそのリストの中からKINOを選び、足を運ばれました。

そこから中川さんに経営の相談をする機会を得て、損益計算書をまとめてみたところ、売上から必要経費を引いた額、手取りの給料が5万円であることを指摘されました。

────損益計算書から給料が5万円と指摘されて、どう思いましたか。

野村「わーという感じで、もう言葉がなかったですね。分かってはいたものの、人に言われて初めて気がつきましたし、可視化されたらこれホンマにやばいなって。その頃はお店に人が来ないのにジン買い足したりしててね、おかしかったんですよね。」

生活のためには誰かに雇ってもらう人生に逆戻りする選択肢も頭に浮かびますが、会社勤めが嫌で自営業になったのだから、そうはしたくないという野村さん。当時は会社員として働いていた頃の夢をみてうなされていたほどだったとのことで、相当追い込まれていたようです。

どこかに勤める選択肢は何としても外すとして、野村さんの手元には3つの選択肢がありました。ひとつはKINOを辞めて商業施設に出店する。ふたつ目は新規出店のお話しは受けずに、KINOと草譯でやっていく。もうひとつは、草譯だけで進む。

切羽詰まった野村さんは、考えた結果、草譯だけで進むことをここで決断したのです。

草譯をどう売っていくか

折しも2022年1月下旬はN.PARK PROJECT NAGANOが発足したタイミングでした。その頃、野村さんは藤原さんと話す頻度が増えていたこともあって、長野で草譯をやっていくなら、N.P.Pで長野のスモールビジネス事業者を支援しているから一緒にやってみようという話になりました。

以後、藤原さんと野村さんは毎日のようにマンツーマンでやり取りを重ねていきました。藤原さんからは「こういうことをやってみたら」というアドバイスが中心で、野村さんからは悩みを持ちかけて、日々話し合っていたそうです。また、営業活動についても藤原さんから手順を教わってサポートを受けていきました。

野村「営業の電話も、何を話すかは一緒に考えてもらってました。そういう細かいところから見てもらっています。」

営業先は主に宿泊施設。ノンアルコールドリンクへの関心度が高まっていることもあり、電話口で「ノンアルコールのシロップなんですけど」と伝えると、話を聞いてもらえることが多いそうです。地道に電話を重ね「とりあえず飲んでみてください」と草譯のサンプルを送るという種まきを繰り返していきました。

また、2022年の2月には平田が経営している実店舗・わざわざが東京にイベント出店をしていました。そこで草譯を販売したところ大変好評で、後日わざわざのオンラインストアでも販売することに。オンラインストアでの初回入荷分36本はものの2日で完売しました。ネット販売だと試飲はおろか香りをかぐことさえできないにも関わらず、です。草譯が持つ雰囲気や世界観が、多くの方を惹きつけることが伺えます。

野村「それまでは本当に売り方がわからなかったんですよね。作ることしか考えてなかったというか。これをきっかけに、売るってこういうことなんだ、と分かった気がしました。」

その後、種まきしていた宿泊施設などから相次いで取り扱いの運びとなり、2022年5月は月間販売本数が294本と大きく売上数を伸ばしました。初めて草譯を販売したときは在庫25本でスタートし、2022年1月の販売実績も月36本だったことを思うと、伸び具合には目を見張るものがあります。続々と取り扱い店舗が広まっている今、草譯はこれからさらに関心を集めていくことでしょう。

 

インタビューがいつしかコンサルに

順調に売上数を伸ばしている草譯。こうなってくると気になるのが生産体制です。草譯は現在、野村さんと野村さんの奥様、スタッフの計4名で製造しています。

ラベルも手作業で丁寧に貼り付けます。きれいに貼るための治具も自作で作りました。きめ細かな仕事です。

────今の製造体制だと、月間何本くらいまで生産できますか?
野村「600本くらいですね、ここまでなら何とか。」

平田「これって装置産業だから、設備投資しちゃえばいいと思うんだよね。」

いわく、草譯はもう勝ちが見えている。作って売ればいいだけのシンプルなビジネスだから、生産力を付けて、販売力を一致させればいい。生産に人件費をかけるなら早く設備に投資したほうがいいから、私だったら銀行にプレゼンしてお金をかき集める。そう平田は話します。

野村さんも設備投資は頭にあり、ついさっき銀行で話してきたところだと言います。現状で借り入れできる金額は分かったものの、欲しい設備には資金が足りそうにありません。また、KINOの立ち上げ時に借りた分の返済がまだ終わっていないのも懸念点として挙げられました。

藤原「ここは野村くんが数字が得意かどうかという話でもある。性格もある。経営をしていて事業を拡大させているのが気持ちいい人もいるし、石橋を叩きながら自分の手の届く範囲でやるのが良い人という人もいるし。人によって変わってくる。」

目の前でにわかに繰り広げられた会話。実は野村さんとのN.P.Pで行なわれているコンサルは、いつもこんな感じだそうです。

コンサルというと「目標の数字が〇〇だから、いつまでに△△するように」などと、具体的な行動の指示があって報告を求められるような一方的なコミュニケーションのイメージを持ちそうですが、そういう空気感ではありません。例えるなら会社の先輩と後輩が雑談している中で、ふいに仕事の話が盛り上がってそのまま真剣に語らっているような雰囲気です。

藤原さんも平田も、話す相手によって伝え方、使う言葉、どこまで細かく指示するかを変えていると口を揃えました。1回のコミュニケーションでは分からないから、色々とボールをぶつけてみて、感じ取っていく。「こういう風にやったほうが本人が動くんだな」と自分のチャンネルを変えていく感じだそうです。野村さんともこうして会話を積み重ねてきた藤原さんは、野村さんの性格をよく理解していました。

藤原「野村くんは自分の心が動かないと行動につながらない人。これをやるといいと言うよりも、こういうヒントがあるよと伝えて、あとは彼が解釈したうえで動く。動く先が間違わないようにだけ気にしているかな」

────ちなみに、藤原さんも平田さんも相手に合わせにいくタイプの方ということは、今後、経営を志した人なら誰がN.P.Pに参加しても何とかなるものですか?

平田「無理無理!やる気がないとダメですね。人にどうにかしてもらおうと思っている人はダメですね。例えば、困っていることがありヒントになるような本が欲しいと言われて、では本を読んでみたら?と紹介したのに、次に会った時にはまだ読んでないとかね。そういう人は話してもしょうがない。結局行動するのは自分なのにね。」

藤原「野村くんはそうじゃない。どうしたらいいものか、困った状況にあって切羽詰まっていたのも逆によかった。素直に努力していて、その必死さは行動につながってる。」

インタビュー中に平田が紹介した本が店に並んでいることに気がつきました。禅などの本と一緒に経営の本がずらりと並んでいました。

藤原「草譯が伸びたのは、野村くんは自分では気付いてないけれど周りにいる人たちには「これをやったら絶対に大丈夫」というのが見えていて、そこに野村くんの行動が伴ったからこそ。最近は自信もついてきた。あとは草譯を作り続けていけばいいけれど、量産体制は考えないといけないし、時間ができた分だけ営業活動もしないと。作って売る。やること自体はシンプルだけど、その中身には色々詰まっていると思う。」

野村さんはN.P.Pに参加してみて、自分の状況と話してくれる内容がマッチしていたのがよかったと言います。「コンサルされている」という自覚は無くて、話を聞いてもらった上で、自分ごととして考えて「自分ならこうする」というパターンを教えてもらっているのが一番嬉しいと話していました。

野村「こうしなさい、じゃないのが良かったなと。それだと「何でそうするんや」というハテナが出てしまって、そっちを考えてしまうので。」

 

草譯と野村さんのこれから

宿泊施設に続々導入され、卸販売も順調な草譯。商品自体が良かったこと、売り方を掴んできたことが好調の大きな要因ではありながら、ノンアルコールドリンクへの関心度が高まっている時流もまた、草譯を後押ししている要素のひとつです。

草譯は、今この時期だからこそ有利なのではというのが平田の見立てでもあります。

平田「ノンアルの本とか出始めてるからね。つまりそういうこと。この1年くらいでしょうね、このタイミングで出ていかないと激戦になって埋もれるかもしれないね。」

チャンスともいえるこのタイミングの中を、野村さんはどう歩んでいくのか。インタビュー中に話題となった設備投資の件は大きな課題ですし、できることはまだまだありそうです。これからも野村さんの挑戦は続いていきます。

7/2(土)藤原印刷・藤原さんによるセミナーを開催します!

今回、KINOの野村さんをコンサルティングした、N.PARK PROJECT NAGANOのセミナーが7/2(土)に開催されます。講師は、今回の伴走型コンサルをした一人である藤原印刷の藤原さんに、「松本の印刷会社に全国から注文が殺到する理由」をテーマに、藤原印刷さんの印刷工場で講演していただきます。家業を継ぐために地方の印刷会社に入社した藤原さんは、業界慣習が多く残るなか、なぜそれを打ち破るような取り組みができたのか。会社のビジョンが入社当時からどのように役割を変え、現在のユニークな事業戦略に繋がっていったのか。今回のセミナーでは、具体的な事例とそこからの学びを中心に、ユニークなビジネスモデルに至った秘訣をお話しいただきます。

N.PARK PROJECT NAGANOではセミナーのあと、わざわざ代表平田と藤原さんがファシリテーターとなり、講演内容を参加者全員でディスカッションするワークショップを行います。KINOの野村さんの成長物語に共感された方はぜひ、セミナーにご参加ください!

お申込みはこちら:https://nppn-sbl-s0702.peatix.com/

監修>平田はる香 文責>いしはら 写真>若菜紘之